2012年1月24日火曜日

悲しみの商品化って…

アートでなにかできるなんてみんな本気で思ってるのですか?
マジですか?
なにかしようと思ってどうにかできるものじゃないですよ。それを解ってたら、こんな企画考えないはずです。
意味が解らないって?それは困ったな。つまり、一人ひとり個人の感覚の問題です。
例えば芸術家になりたければ職業としての芸術家とそうでない芸術家があって、職業としてじゃなければ、悪魔に魂を売り渡してでも一生を芸術にささげればいいだけの話です。
でもそれをできるだけのやる気があるかどうかの問題ですね。独学でもやり続けることと、常にさらに上を目指す努力が必要です。それが自分で認識できると、ちょっとは一歩を踏み出せたかな?というくらいの気持ちになれます。
そんな感じなのにどうしてアートでなにかできるなんて思えるんですか?
自分でさえまだまだだと思っているのに。これでは空がひび割れて落ちてくるようなものだ。

怒りがおさまらないから本の話に変えよう。
紙の民って本を読んだ。G・マルケスの百年の孤独を読み続けて書いた変な小説。
上空から見下ろす作者=土星の存在に気づき、人生が娯楽として売り飛ばされてるんだと言って、自由意思を求めて対土星戦争を始める登場人物たちの物語。
土星の目を避けようとして、黒い闇で思考を覆い始めたり、土星を隅に追いやろうとして縦横無尽に組まれた段落。だんだん消えていく文字とか、文字だけのグラフィックノベルといったところ。小説でこういう表現もあったのかと思ってしまった一冊。
 悲しみの商品化に利用しないでくれと言って登場人物が小説を書き直させたりもする。
しかし、考えてみれば、自分の作品も悲しみの商品化のように利用されたら、そりゃいやだろうな。 思ってもいないところでどんどん違う意思を持っていってしまうと、空がひび割れて落ちていくようなものだからな。

0 件のコメント:

コメントを投稿